日本画の保存修復家として国際的に著名な小谷野匡子氏は、ACCのプログラム初期のグランティの一人です。小谷野氏は、1964年に、アジアン・カルチュラル・カウンシルの前身であるJDR3世基金から日本から初めてフェローシップを受けました。国際的な対話、尊敬、理解を促進するため、個人を信じることが私たちの使命の中心にあります。小谷野匡子氏はそのような方です。
小谷野氏は1961年東京藝術大学美術学部絵画保存学科を卒業しました。当時、日本には油絵の保存修復の専門家がほとんどいませんでしたが、小谷野氏は西洋の保存技術を理解し、日本の伝統的な保存方法を再検討する必要性を感じ、この分野のパイオニアとして活躍しました。そして、1964年に彼女は研究のため渡米したのです。
初めに、フリーア美術館にて保存修復家の杉浦隆氏のもと、日本画の掛け軸に使用される新しい化学接着剤の研究に従事した後、ニューヨーク大学保存修復センターの修士課程に入学。杉浦氏と中国美術史家のジェームズ・ケーヒル氏は、彼女の研究を支援するために、「小谷野氏自身また日本の美術界にとって重要な成果をもたらすであろう」と、小谷野氏にJDR3世基金への応募を勧めました。小谷野氏は同僚のアドバイスを参考にし、「勇気を振り絞り目標を達成しようと決意した」とのことです。
ニューヨーク大学保存修復センターでの小谷野匡子氏(1966年)
小谷野氏はこのフェローシップが専門的にも個人的にも大きな影響を与えたと考えています。「私が得た知識、技術、経験は、私のプロとしての人生の基礎となっています。日本に帰ってからも、何か困ったことがないか、何でも相談にのってくれる人がいて、美術品保存の道を歩むことができました。それは本当に大きな違いをもたらしました。」また、この経験が「私と他のフェローに、お互いの国をよりよく理解する機会を与え、また、米国での先生やクラスメートは、私の生涯の師となりました。」とのことです。
小谷野氏自身も世界の保存修復家のメンターとして活躍してきました。氏の米国での研究は、日本の油絵の保存のみならず、米国における日本画の保存にも影響を与えました。1978年には、米国歴史美術保存協会(FAIC)から卒業論文 "A Handbook of the Mounting Techniques for Japanese Scroll Painting (日本の絵巻物のマウント法ハンドブック)"が出版されました。
小谷野氏の日本の修復道具や資料(筆)の画像
本書は、彼女が収集した修復資料と1,000点を超える保存技術の画像とともに、日本、米国、そして世界の保存修復家の何世代にもわたる指南書となっています。
2017年1月に横浜で開催されたACC日本オフィスによって開催されたACCトークにて講演する小谷野氏
小谷野氏は、このフェローシップをきっかけに、国際的な協力関係を継続的に築いていきました。小谷野氏はACC日本からのアルムナイと共に、ブランシェット・H・ロックフェラー募金委員会を設立し、オークションの開催を通してACC日本プログラムのために150万ドル以上の寄付金を集めました。これらの寄付金の受給者は、小谷野氏の生涯の友である初代JDR3世基金ディレクターに敬意を表して、ポーター・A・マクレイ・フェローと名付けられています。
81歳になった今もなお精力的に保存研究所を運営しながら、国際的に活躍する次世代の保存修復家を指導している小谷野氏。実際に、小谷野氏の研究所に所属する修復家の橋本麻里氏は、2017年にACCの助成を受けて、ハワイにおける浮世絵の退色について研究のため渡航しました。また、小谷野氏は、現在もACCのコミュニティに欠かせないメンバーとして活躍しています。ACC日本オフィスのレクチャーシリーズ「ACCトーク」にも出演し、ACCのアウトリーチ活動の多くをリードして下さっています。
最近では、結婚50周年を記念してACC NYオフィスを訪問して下さいました。私達ACCも、保存修復と国際交流の両面でリーダーシップを発揮し、世界を変えてきた小谷野匡子氏とACCの50年以上に及ぶ友好関係をお祝いしました。
小谷野匡子氏&ACC NYオフィスの50周年のお祝いの様子。(2017年5月)