沿革

1963年、ジョン・D・ロックフェラー三世は、John D. Rockefeller 3rd Fund(ロックフェラー三世基金)のAsian Cultural Program(アジア文化交流プログラム)を設立し、ビジュアルアート及びパフォーミングアーツに携わる個人や団体への助成を通じたアジアと米国の文化交流への支援が始まりました。
ポーター・A・マクレイを初代ディレクターとして、Asian Cultural Programは各グランティのニーズに基づいて個別にデザインされたプログラムを重視した独自の助成プログラムを確立しました。

ジョン・D・ロックフェラー三世は、国際交流に対するACCの取り組みの継続的な影響について次のように述べています。「従来、米国人は文化的側面にほとんど注意を払わず、主に政治的および経済的観点からのみ国際関係を見てきました。その結果、私たちの世界観は他の文化への感受性によって拡大されるのではなく、私たちだけの文化に縛られる傾向がありました」

自身のアジアでの旅や仕事の経験から、ジョンD.ロックフェラー三世は、「他の文化の知識を高めることは、それ自体価値のある目的であり、またさらなる目的への手段として、他の文化の知識や尊敬を通じて、我々は人々を尊重し感謝できるようになる。」

1980年には、米国における 501(c)3 非営利団体として、Asian Cultural Council (ACC) が設立され、Asian Cultural Programの活動が継続されます。 ACCはまた、1983年に東京、1986年に香港、1995年に台北、2000年にはマニラに各オフィスを設立するとともに各拠点におけるパートナー財団をもち、ACC設立者の信念「文化交流を育むことは、この危険ではありながらもエキサイティングな未来に対する備えになりうる。The fostering of cultural relations can be a form of insurance for the future of this dangerous, but exciting world.」という思いを実践しています。