ACCは1976年グランティの槇文彦さんのご逝去の報に接し、深く哀悼の意を表します。

槇さんはこれまで深い理解と愛情をもってACCの活動を支えてくださいました。1994年にBlanchette Hooker Rockefeller(BHR)Memorial Fundを立ち上げる際には実行委員に加わっていただき、また、2014年のACC50周年記念の際は実行委員長として、また、2018年の55周年の際はACC East West Dialogueのスピーカーとしてご出演いただくなど、ACCに多大なるご尽力を賜りました。

槇さんは東京大学工学部卒業後、アメリカに留学しハーバード大学大学院修士課程を修了、その後建築事務所で勤務する傍ら、ワシントン大学やハーバード大学で准教授をお勤めになりました。1965年に帰国後、株式会社槇総合計画事務所を設立し、生涯を通して多くの作品を手がけられました。モダニズム建築や洗練された空間を特徴とする槇さんの主な作品は、代官山のヒルサイドテラス(1969年)、青山のスパイラル(1985年)、京都国立近代美術館(1986年)、東京体育館(1990年)、鳥取県立古代出雲歴史博物館(2007年)、ニューヨークの世界貿易センター跡地ビルなどがあります。国内外で高く評価された槇さんは、1993年に建築界のノーベル賞と評されるプリツカー賞を、1999年には高松宮殿下記念世界文化賞を、そして2011年にはAIAアメリカ建築家協会からゴールドメダルを受賞なさいました。

槇さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。