わたしはコロナウィルスの影響で、台湾政府が3か月間の滞在延長をしてくれたので、約8か月間の台湾原住民文化のリサーチを行いました。屏東(ピントン)のパイワン族の5年祭り、4人の原住民作家と共に、パイワン族の石板屋の技法を用いてパイワン族の職人と1か月の滞在制作を行ったkacalisian アートフェスティバル(坂の上の芸術祭)、マカタオ族の祭り、台湾ランタンフェスティバルin台中への参加、花蓮大港口のCepo’ アートセンターでの制作、南投国立工芸センターでの制作、ランユー島のタオ族の女性が髪を上下に振って踊る伝統舞踊「頭髪舞」などが披露される小米豊収祭、台東のアミ音楽祭、台湾東海岸大地芸術祭での制作など、ここでは語り切れない素晴らしい体験をしました。
パイワン族の古楼村5年祭
左:杉原信幸と中村綾花「kacalisianアートフェスティバル」での制作風景
右:kacalisian アートフェスティバルの仲間たち
わたしが毎夏主催している原始感覚美術祭に招聘したアミ族の作家サプ―・カカーさんの花蓮港口村のカフェに招かれた時、サプ―さんがアトリエにしていた建物、テーブル、椅子、アート、料理も自ら作り、歌い、踊り、漁も、猟も自分でやっているということに驚かされました。それは高度経済成長以前の日本にもあったはずの、わたしたちの祖父母が何にもなかったと言いながら、何でも自分で作って暮らしていた時間の豊かさと共通する生活とアートが分かれる前の在り方でした。原住民の場合はさらに、神話が受け継がれているのですが、それは都市の分業化によって失われた生活そのものが喜びと美しさに彩られた豊かさです。台湾原住民で最も人口の多いアミ族は母系社会で、とても女性が強いです。台湾の文化行政のトップは女性であることがとても多い、これはアミ族の影響が大きいと思います。原住民の持つ原始性と女性の解放が対になっているという気づきは今回のリサーチから見えてきた大きな発見でした。
台湾で主に使われているお札で最も高いのは1000元で、そこには男の子と女の子と山と鳥の絵が描かれています。そして500元には少年野球のチームと山と鹿、100元には孫文と建物、一番高いお札に子どもと自然、一番安いお札に偉いおじさん。貨幣という価値と結びつくイメージに、未来を担う子どもを掲げていることが、台湾の子どもと女性を大切にして、自然と祭りを愛するクリエイティブな社会を象徴していると思います。日本のお札はおじさん、女性、おじさん、男性中心の経済、権力主義を象徴しています。
アミ音楽祭
わたしは台東の都蘭(ドゥラン)で行われたアミ音楽祭に参加しました。それはプロの原住民ミュージシャンの大ステージライブと、小ステージでの各地から集った様々な原住民の伝統的な歌や踊りが同時進行で行われるという凄いイベントで、わたしはほとんど、小ステージの伝統的な原住民の歌と踊りに惹かれていました。それはプロの音楽家のパフォーマンスを軽々と超えていくような表現です。例えばそれは、原住民の中高生たちの歌う歌であったりしますが、その真摯な、心からの表情で一心に歌う歌に心を打たれます。原住民の生活文化は、日本統治や政府による同化政策、キリスト教、近代化などで激変しています。しかし、そのスピリットは伝統的な衣装を纏い、手を繋ぎ弧状になって歌う祭りを中心に受け継がれています。わたしは神話を受け継ぎ、土地と共に生きる、原住民の純真な心の野生こそが、台湾の基層をなす良心としてあると感じました。
台湾の人々はあたりまえに人のことを思いやり、希望をもって生き、不正に対して怒ります。現在の日本は嘘をついてはならないとか、人のことを思いやるといったごくあたりまえのことが権力者を中心に崩壊しています。古き良き日本人の持っていたモラルや美徳が失われています。これはあらゆることの分断が原因と思います。政治だけ、経済だけ、生活だけ、アートだけ、自分の枠に閉じこもる無関心、関わらないことで作られた社会。台湾も昔は戒厳令がしかれ、長い間支配の時代が続き、それに抗い、リベラルでクリエイティブな社会を勝ち取ってきたそうです。わたしたちは今こそ、あらゆるものと共に関わり合い、あたりまえを取り戻す必要があるのだと思います。アートは、美は、すべてのものとすべての人と共にある、欠くことのできないものです。
左:タオ族の東清村小米豊収祭
右:タオ族の友人
わたしはリサーチの最後にタオ族の祭りに参加するために、タオ族の方の家に数日お世話になりました。タオ族は祭りの期間中に悪霊が訪れるのを恐れます。窓と扉をすべて閉めて、たばこの煙を捧げ、亡くなった父親から受け継いだ衣装を身に纏う時、タオ族の友人は涙を浮かべます。ものに宿る記憶の在り処と繋がる純真な心と、それを纏うということ。そして、友人は父の記憶の宿る大切な衣装をわたしにも纏わせ、タオ族の興奮を表すポーズを一緒にとりました。その光景は、ものをつくる表現者としてのわたしに深い感銘を与えました。ものに命が宿る縄文土器の在り方に触れるような体験でした。わたしは今後も台湾原住民のリサーチを続けたいと思います。台湾以外の原住民の調査も行い、出会い、それらを宿していくことから表現していきたいと思います。このような貴重な機会を頂いたACCに感謝します。
杉原信幸
杉原信幸、中村綾花「波の方舟―潮間を編む」
東海岸大地芸術祭 Photo by 中文吳